秩父市の概要
秩父市は、埼玉県の西部に広がる秩父盆地の中央に位置し、北は群馬県、西は長野県、南は山梨県・東京都に接しています。市のほとんどが秩父多摩甲斐国立公園や武甲・西秩父といった埼玉県立の自然公園の区域に指定されており、自然の豊かな地域です。また、荒川が市内の中央を流れており数箇所のダム湖を形成しており、豊かな水源に恵まれた秩父市は、秩父地域のダム本体のすべてを有しています。
秩父のあゆみ
秩父地方の歴史はとても長く、古くは一億数千年前の地層を秩父盆地の随所で見ることができます。市内には縄文遺跡も数十箇所あり、縄文気以前から人々の生活がはじまっていたと推測されます。
708年には、黒谷の遺跡付近から自然銅が産出され、その銅が朝廷に献上されたことから「和銅」と改元され、日本最古の流通貨幣で皇朝十二銭の一つである「和同開珎(わどうかいちん/わどうかいほう)」が鋳造されたとされています。
鎌倉時代には秩父氏や武蔵七党らが勇名を馳せる一方、各地に鎌倉仏教が広まり、日本百観音のうち秩父三十四ヶ所札所が成立したとされています。
明治時代になると、松方正義による財政政策の影響で発生したデフレーション(松方デフレ)と、海外での生糸価格の暴落の影響により秩父の特産品でもある生糸の国内価格が暴落しました。そのことから困窮に追い込まれた農民たちが、自由党員らと困民党を結成し、高利貸しや警察・官史に向けて蜂起する事件(秩父事件)が起きました。
近代に入ってからは道路や鉄道の開通により、秩父市の産業である農林業、セメント業、繊維、観光産業が振興し、
数度の編入や合併を重ね、埼玉県で一番大きな市となりました。
秩父の名前の由来
『先代旧事本紀』の巻第十『国造本紀』の文中に「知知夫国(ちちぶこく)」という表記があった事から、後に「知知夫」から現在の「秩父」に改められたとされています。
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